快挙!久保恵梨佳先生がNIグランプリ最優秀賞を受賞しました
久保絵理香先生 プロフィール
1991年に東京都多摩市で生まれる。2014年に恵泉女学園大学を卒業し、日本語教師として、渋谷区の日本語学校に就職する。現在はICAグループのTSUKUBA HERITAGE JAPANESE SCHOOLを中心に日本語教師として活躍している。2025年8月に日本語教師ナンバーワンを決める「N1グランプリ 日本語教師No.1決定戦」で初代チャンピオンに輝いた。

第1回 N1グランプリを振り返る
― N1グランプリでの初代チャンピオン、おめでとうございます。
久保:ありがとうございます。
― N1グランプリ後の反響はいかがですか。
久保:もちろん、色々な方々に「おめでとう」と言っていただけたのですが、一番役に立っているのは講師養成の面ですね。今の主な仕事は講師養成なので、そこでは大きな後ろ盾になっています。
― 先生の先生でいらっしゃるのですね。
久保:今は教えるよりも教える人を教える業務のほうが多くて、講師研修、授業見学、フィードバック、カリキュラム設計などをしているのですが、N1グランプリで優勝したことで、「ほら私、こういう授業を『いい』と言ってきたんですよ」と堂々と言えるようになりました。それで皆に「久保先生に教わってきたことは間違いなかった」と思ってもらえるようになったし、これから教えるにあたっても「この人はN1で優勝しているのだから、言っていることを信じていれば、間違いないんだ」と思ってもらえるようになったので、講師育成がしやすくなったかなと感じています。

― N1グランプリに出場されたのはどうしてですか。
久保:私は結構、何にでもすぐに飽きてしまうタイプで、何かに取り組んでも「もう分かった」と思うと飽きるんです。そんな私が大学1年生のときから日本語教育の仕事について勉強し始め、15年ぐらい経ちました。N1グランプリに出ようと思ったのはこれまで日本語教育に関わってきた中で、ここで一度、自分がやってきたことがどこまで通用するのかを確認したいという気持ちがあったからです。ここ数年は講師養成がメインの仕事になってきたこともあり、私が日頃「これがいい授業だ」と信じているものを品評していただける機会がやっとできたと思い、参加を決めました。
― 参加を決められてから、どういう準備をされたのですか。
久保:特にしていないです(笑)。大会の1週間ぐらい前になって、どうしようかなあと思うようになりました。
― N1グランプリでは2つの審査があったんですね。
久保:午前の審査は初級の文型導入です。午後はくじ引きをして、その場で当たったN3の副詞について、その場で5分間の導入を行うという審査でした。
― 午後の審査はくじ引きから始まるなら、準備できないですよね。
久保:午前も午後もどうやって進行していくのか分からなかったうえに、しかも午後はトップバッターだったので、不安でした。でも普段の授業でも予期せぬ質問が来たり、そこから展開したりはよくあることなので、それまでの経験や即興性も試されているのだから、普段通りにしようと思いました。むしろ楽しくできましたね。それに私のパソコンに蓄積されてきた教材のストックのお蔭で、いい授業ができました。
― チャンピオンに決まった瞬間のお気持ちはいかがでしたか。
久保:びっくりしました。かなり前のことなので正確な気持ちは覚えていないのですが、嬉しかったです。
日本語教師を目指す
― 先生は大学1年生のときから日本語教育を学ばれていたのですか。
久保:大学で日本語教育を主専攻で4年間、学びました。そして新卒で日本語教師の専任になったというキャリアです。日本語教師を目指したきっかけはいくつかあるのですが、私はとにかくサービス業に就きたかったんです。それで高校生のときからコンビニエンスストア、居酒屋、レストラン、ホテル、結婚式場、テーマパークなど、サービス業であろうと言われているところのほとんど全てでアルバイトをしてきました。私は忙しいことが当時から好きだったので、掛け持ちでアルバイトをすることは平気だったのですが、その全ての仕事にしっくりきていなかった中で、一番楽しかったのが居酒屋でのアルバイトでした。なぜかと言うと、私がお勧めしたものをお客様が頼んでくださって、それに対して「美味しかったよ」というフィードバックがあったからです。でも居酒屋はお客様と1時間から2時間ぐらいの間しか関われません。私としてはもっと長いスパンで関わりたいなと思い、そのときに教育業はもしかしてサービス業なのではと気づいたんですね。自分が教えたことが学習者の血となり、肉となり、未来を支えていく、そしてテストの点数としてフィードバックがあるというのは楽しい仕事だと思えました。
― そんなきっかけがあったのですね。
久保:大学に入ったときには日本語教育専攻ではありましたが、そこまで日本語教師になろうとは思っておらず、教育系の仕事なら何でもやろうぐらいの気持ちだったんです。でも大学で留学生の友だちが多くて、一緒に映画や遊びに行ったりしてたのですが、「これ、何て言うの」と聞かれたら、意味をすぐに答えていたんですね。そのときに「すっごい分かりやすいよ」「日本語教師に向いてるんじゃない」と言われたりしたことも大きかったです。それから教育実習での経験もそうです。私は韓国と日本国内の日本語学校で教育実習をしました。これを言うと性格悪く思われそうですが(笑)、教育実習ではほかの実習生よりも私のほうが誉められている気がして、私は日本語教師の仕事に向いているのかな、誉められるし、楽しいなと感じて、日本語教師になりました。

― 大学を卒業して、就職されたのはどちらの日本語学校だったのですか。
久保:渋谷区にある日本語学校です。その学校はかなり改革的な学校で、私は大学4年生のときから1年間、そこで研修をさせていただいていたんです。私が行う全ての授業を専任の先生が監督してくださり、私が授業で何かミスをすれば、専任の先生がカバーに入ってくださるという、とても実践的な研修をさせていただきました。その研修中に「あなたは日本語教師になっていいよ」という判断をいただき、さらに「弊校の専任になっていいよ」と言っていただいたので、大学を卒業した翌月の4月にその学校に就職しました。当時は珍しい就職の仕方だったと思います。