久保絵理香先生 プロフィール
東京都で生まれる。日本語教師として、渋谷区の日本語学校に就職する。現在はICAグループのTSUKUBA HERITAGE JAPANESE SCHOOLを中心に日本語教師として活躍している。2025年8月に日本語教師ナンバーワンを決める「N1グランプリ 日本語教師No.1決定戦」で初代チャンピオンに輝いた。
第2回 日本語教師として成長する – 経験を力に変えて
― 新卒で日本語教師になった頃の戸惑いはどういうものでしたか。
久保:とても素直に言ってしまうと、予想していたより学習者が勉強しに来ていないことでした(笑)。学習者のほとんどは留学生なのですが、ほぼ出稼ぎと言いますか、アルバイトを頑張っている人が多かったんですね。100%勉強だけをしに来たという人たちに教えるというよりはいかに興味を持たせて、授業を聞いてもらえるのかを考えないといけないというのは予想とは違いました。これは今、日本語教師になったばかりの人も同じように思っているのではないでしょうか。
― 先生はそこでどのような工夫をされたのですか。
久保:教科書にある例文をそのまま使うのは面白くないから、例文の中に学習者や学校の先生の名前を入れたり、学習者が「自分ごと」として受け止められる例文を提示したりしました。今は「いらすとや」のようなフリー素材集のサイトが色々とありますが、当時はそんなになかったので、自分でオリジナルのイラストを描いたりもしました。私の授業でしか見られないイラストなので、学習者が「おー、何か初めて見るぞ」と前のめりになって見てもらえるような工夫をしていました。
― 先生は絵がお得意なんですね。
久保:いえ、全然。でも「苦手」と言い切る人に比べると得意かもしれないです(笑)。それでも何のイラストかが「分かる」レベルですね。「いらすとや」のように上手ではないです。

― ご自身の指導方法をどのように洗練させていかれたのですか。
久保:私の基本的な授業の流れは基本的な文型を導入して、板書して、口頭練習をして、絵カードの練習をして、自分で文を作る練習をして活動するというもので、これは10何年前と何も変わっていません。ただ、その都度、教科書は違うので、教科書によってもスタイルが変わります。最近は生成AIが発達しているので、便利な反面、著作権には気を使わなくてはいけなくなりました。N1グランプリの際も著作権に関しては細かい注意があり、普通の授業であればパワポに貼れるものも、N1グランプリでは使えなかったんです。例えばジャスティン・ビーバーの写真をここで使いたいけれど、肖像権の問題があるとなると、生成AIにジャスティン・ビーバーそっくりのイラストを描いてもらい、目のところにモザイクをかけたりしました。でも実際の授業では10年前は何でも自分で描かないといけなかったところが、今は生成AIのお蔭で「ここが気に入らないなあ」という箇所はシンプルに修正ができますし、それができるのは10年前と違うところだと思います。
― 生成AIは教える仕事には欠かせないツールになりましたね。
久保:授業準備が楽になりましたね。
― これまでで印象に残っている指導はどのようなものですか。
久保:あまり綺麗な話ではないのですが、印象に残っているのは教科書に出てこない語彙を教えたことです。あるとき学生が「先生、これ何」と目を触った指を出して聞いてきたので、「それは目やにだよ」と教えると、今度は鼻を触った指を出して「これ何」と聞いてきました。私が「それは鼻くそだよ」と教えると、今度は口です。「歯くそだよ」と教えましたが、学生にとってはとても印象に残ったようでしたし、教科書に載っていない語彙を増やせたのは楽しかったみたいです。それから1年後に、その学生は初級1から中級レベルになっていました。私がそのクラスに入ったときに、ガムか飴を食べていることがすぐに分かりました。それで私が「口の中に何があるの」と聞いたら、「歯」と答えたんです。さらに「歯じゃないでしょ。歯以外だよ」と聞くと、「歯くそ」と答えてきました(笑)。「何だ、それ」と言うと、「先生、1年前に教えてくれた」と言われました。何かムカっときましたが、確かに1年前に私が教えた語彙ですし、それを覚えていてくれたんだと嬉しかったです。何を覚えているのか分からないものだなあとも思いましたね。
― そういう言葉こそ覚えるのでしょうか。日本の子ども向けにも「うんこドリル」がありますよね。
久保:そういうものかもしれませんよね。忘れられない語彙なんだと思います。一発で定着して、1年も経って覚えているのだから、複雑な気持ちもありますが、印象的でした。教科書に載っていない語彙でも普段使う語彙や自分が面白いと感じた語彙なら覚えるものなんだなと改めて実感しました。普段の授業でもそういったインパクトが大事なので、なるべく面白い導入をしたいと思っています。

― 最近、うまくいった導入はどういったものですか。
久保:それこそN1グランプリでの導入でしょうか。直接法で教える日本語教育では実物の教材を見せることが有効だとされています。これをレアリアというのですが、N1グランプリにはレアリアとして、ジャケットになるネックピローを用意しました。その導入で、「これは軽いし、便利だし、それに安いです」と説明したのですが、学習者の目の前で枕がジャケットになって、教師が突然、それを着始めるというのはかなりのインパクトがあります。学習者にとって忘れられない導入にしたくて、これを用意したのですが、審査員の先生方にもそれが響いたのかもしれません。このような印象に残る導入ができたのが優勝できた理由の一つだったように思います。
― 学習者がつまづきやすいのはどのようなところですか。
久保:抽象度の高い文法や助詞ですね。非漢字圏の学習者だと、漢字もつまづきやすいです。出身の国に関係ないところでは純粋にモチベーションの維持です。このモチベーションを上げるのが大変なんです。最初はいわゆるハネムーン期なので、モチベーションしかない状態なのですが、少しずつ慣れてきたり、怠け癖がついてくるとモチベーションが下がっていってしまいます。そこで、授業をテンポよくやったり、学習者が「できた」「楽しい」と思える成功体験を味わえるようにしたり、すぐに成果が見えるような小さいタスクを積んだりして、モチベーションを維持させる工夫をしています。あとはユーモアも大事ですね。面白いギャグを言ったり、学習者が面白いことを言えば、ほかの学習者も面白いと思えるように盛り上げたり、学習者を笑わせるような面白い絵カードを出したりなど、笑いがある教室をキープすることが一番のモチベーション維持になっています。